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タラントを活かす忠実なしもべ:マタイの福音書25章21節
「主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。おまえはわずかな物に忠実だったから、多くの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』」 マタイの福音書 25:21 こんにちは。中野区で教会開拓をしているFaith Valleyの倉智です。 ここで語られる「わずかな物」とは、価値が小さいという意味ではありません。 むしろ、神の国の価値基準は、地上の評価とはまったく異なるということを示しています。 神は、量や大きさではなく、心の向きと忠実さをご覧になります。 私たちが日々の小さな働きに誠実であるとき、 神はその姿を喜び、さらにご自身の働きに参与する喜びへと招いてくださいます。 神は、私たちの小さな忠実さを見逃されません。 どんな小さな賜物でも、感謝して受け取り、誠実に用いること。 それこそが、神の目に美しい生き方です。 ハレルヤ、主よ。 あなたは今日も必要なものを与えてくださるお方です。 小さな恵みにも気づき、感謝し、忠実に歩む者としてください。 あなたのまなざしの中で、誠実に働く一日となりますように。 ━━━━━━━━━━━━━━━━ 東

倉智 崇司
4月6日読了時間: 1分


神の愛にとどまる生き方:ヨハネの福音書 15章4節
「ぶどうの木にとどまるように神の愛に留まることで、私達が永遠のいのちに生きる」ということをヨハネの福音書15:4は語っています。

倉智 崇司
3月2日読了時間: 1分


時が満ちる:マルコの福音書 1章15節
東京中野区の教会「フェイスバリー」がお届けする聖書の御言葉からマルコの福音書1:15。
生活の中で、主が共におられないような時、、神が働いておられないように見える時、神の時を待ち望む必要があります。
耳を澄まして神の声に耳を傾けましょう!

倉智 崇司
2月23日読了時間: 1分


聖であることの感謝:マタイの福音書6章9節の主の祈り
マタイの福音書6:9は主の祈りの最初です。
この祈りは、神が他のものとは区別された特別で最高の方として認知されることを求めています。さらに、神が聖であるということは、神の民である私達も聖であると言うことです。「聖である」というのは「道徳的に完璧」という意味ではなく、「神に属する者として区別されている」ということです。

倉智 崇司
2月17日読了時間: 2分


コロサイ人への手紙 3章8節:怒りへの管理方法
コロサイ人への手紙 3章8節でパウロは、怒りや憤りなどの悪い感情を捨てるように語っていますが、私たちが日常で抱く怒りは、しばしば自己中心や誤った価値観に根ざしています。
それを神の愛で照らすことが求められます。

倉智 崇司
1月26日読了時間: 2分


神の力 ~奇跡の力~ イザヤ書55章8-9節
最近の量子力学は、この世界が、人間の考えをはるかに上回る動きをしていることを教えているかのようです。聖書では、神が、このような私達の予測を上回る方であることを見て取れます。イザヤ書55章8-9節では、「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、あなたがたの道は、わたしの道と異なるからだ。──主のことば──天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。」と。神が力強い方であるからこそ、大胆に神の力により頼むべきです。

倉智 崇司
1月23日読了時間: 2分

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