聖であることの感謝:マタイの福音書6章9節の主の祈り
- 倉智 崇司

- 2月17日
- 読了時間: 2分
「ですから、あなたがたはこう祈りなさい。『天にいます私たちの父よ。御名が聖なるものとされますように』」マタイの福音書6章9節
「御名」とは、神そのものを指しています。また「聖なる」とは、「区別する」というのがもともとの意味です。
この主の祈りは、神が他のものとは区別された特別で最高の方として認知されることを求めています。
さらに、神が聖であるということは、神の民である私達も聖であると言うことです。
このことについて、私自身の経験を思い出します。
私はある時、フットサル大会の途中で怪我をして病院に運ばれたことがあります。その時、私が抜けてもチームは優勝しました。それは、私にとっての優勝でした。私もチームの一員だからです。
同じようにイエスを王と認めた者達は、聖である神の民の一員です。
つまり、「聖である」というのは「道徳的に完璧」という意味ではなく、「神に属する者として区別されている」ということです。
不完全な私であっても、主は「聖なる者」と呼び、そのように扱ってくださっています。その恵みに心から感謝します。
神の目に特別な存在として見てくださっていることを、改めて感謝して受け取ります。
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東京中野区の教会:Faith Valley Church Tokyo
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