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遠藤周作文学館にて!In長崎

こんにちは、教会開拓者の倉智です。

2024年4月から、東京で教会開拓を始めています。


昨年(2025年8月)、長崎を旅行して遠藤周作文学館を訪れました。

そこで、遠藤周作が「日本人に合うキリスト教とは何か」という問いに、生涯向き合い続けたことを知りました。


彼は子供の頃からキリスト者でした。

でも、彼にとってキリスト教は西洋の洋服であって、自分には合わなかったと語っています。


どうしたら、日本人に合う和服へと仕立て直せるのか?

その探求の結晶の一つが、小説「沈黙」です。


「沈黙」の舞台は、踏み絵によってキリスト教が激しく弾圧された江戸時代。

小説の中で、踏み絵を前にした宣教師ロドリゴに、キリストが「踏め!」と語りかける場面があります。

「私は、おまえたちに踏まれるためにこの世に生まれ、おまえたちの痛さを分かつため十字架を背負ったのだ」


遠藤周作が描いたのは、「弱さの中に寄り添うキリスト」、「痛みを共に担う神」でした。


「秩序や威厳をまとった西洋の強いキリスト」ではなく、「弱さ・痛み・疲れを共に担うキリスト」に出会ったとき、彼にとってキリスト教は初めて「自分に合うもの」になりました。


多くの日本人にとって、キリスト教はどこか遠い存在に感じられるかもしれません。

しかし本来、神は私たちのありのままを受け入れ、肯定的に見てくださる方です。



日本人にとってのキリスト教!

これは、私の教会「Faith Valley Church Tokyo」が大切にしているテーマでもあります。



「まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みを担った。それなのに、私たちは思った。神に罰せられ、打たれ、苦しめられたのだと。」

イザヤ書53:4

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