遠藤周作文学館にて!In長崎
- 倉智 崇司

- 3 時間前
- 読了時間: 2分
こんにちは、教会開拓者の倉智です。
2024年4月から、東京で教会開拓を始めています。
昨年(2025年8月)、長崎を旅行して遠藤周作文学館を訪れました。
そこで、遠藤周作が「日本人に合うキリスト教とは何か」という問いに、生涯向き合い続けたことを知りました。
彼は子供の頃からキリスト者でした。
でも、彼にとってキリスト教は西洋の洋服であって、自分には合わなかったと語っています。
どうしたら、日本人に合う和服へと仕立て直せるのか?
その探求の結晶の一つが、小説「沈黙」です。
「沈黙」の舞台は、踏み絵によってキリスト教が激しく弾圧された江戸時代。
小説の中で、踏み絵を前にした宣教師ロドリゴに、キリストが「踏め!」と語りかける場面があります。
「私は、おまえたちに踏まれるためにこの世に生まれ、おまえたちの痛さを分かつため十字架を背負ったのだ」
遠藤周作が描いたのは、「弱さの中に寄り添うキリスト」、「痛みを共に担う神」でした。
「秩序や威厳をまとった西洋の強いキリスト」ではなく、「弱さ・痛み・疲れを共に担うキリスト」に出会ったとき、彼にとってキリスト教は初めて「自分に合うもの」になりました。
多くの日本人にとって、キリスト教はどこか遠い存在に感じられるかもしれません。
しかし本来、神は私たちのありのままを受け入れ、肯定的に見てくださる方です。
日本人にとってのキリスト教!
これは、私の教会「Faith Valley Church Tokyo」が大切にしているテーマでもあります。
「まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みを担った。それなのに、私たちは思った。神に罰せられ、打たれ、苦しめられたのだと。」
イザヤ書53:4



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