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タラントを活かす忠実なしもべ:マタイの福音書25章21節
「主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。おまえはわずかな物に忠実だったから、多くの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』」 マタイの福音書 25:21 こんにちは。中野区で教会開拓をしているFaith Valleyの倉智です。 ここで語られる「わずかな物」とは、価値が小さいという意味ではありません。 むしろ、神の国の価値基準は、地上の評価とはまったく異なるということを示しています。 神は、量や大きさではなく、心の向きと忠実さをご覧になります。 私たちが日々の小さな働きに誠実であるとき、 神はその姿を喜び、さらにご自身の働きに参与する喜びへと招いてくださいます。 神は、私たちの小さな忠実さを見逃されません。 どんな小さな賜物でも、感謝して受け取り、誠実に用いること。 それこそが、神の目に美しい生き方です。 ハレルヤ、主よ。 あなたは今日も必要なものを与えてくださるお方です。 小さな恵みにも気づき、感謝し、忠実に歩む者としてください。 あなたのまなざしの中で、誠実に働く一日となりますように。 ━━━━━━━━━━━━━━━━ 東

倉智 崇司
4月6日読了時間: 1分


聖であることの感謝:マタイの福音書6章9節の主の祈り
マタイの福音書6:9は主の祈りの最初です。
この祈りは、神が他のものとは区別された特別で最高の方として認知されることを求めています。さらに、神が聖であるということは、神の民である私達も聖であると言うことです。「聖である」というのは「道徳的に完璧」という意味ではなく、「神に属する者として区別されている」ということです。

倉智 崇司
2月17日読了時間: 2分


マタイ18章21-22節:イエス・キリストが弟子のペテロに教えた惜しみなく愛し続ける生き方
「そのとき、ペテロがみもとに来て言った。「主よ。兄弟が私に対して罪を犯した場合、何度まで赦すべきでしょうか。七度まででしょうか。」 イエスは言われた。「七度まで、などとはわたしは言いません。七度を七十倍するまでと言います。」(マタイ18章21-22節) 職場や学校、家庭など、日々の生活の中で「人を愛することの難しさ」に直面することはありませんか? 赦すことを含め、相手を認める愛の働きかけは、心の栄養素とも言われます。 私達は、そこまで相手のことを認めたり、褒めなくても良いのでは?と無意識に判断するかもしれません。 しかし、 1年前に受けた賞賛や感謝は、もう心の中で消化されていて、私たちの心は常に新しい栄養を必要 としています。 この “心の栄養不足”が、関係のすれ違いや衝突につながる ことも少なくありません。 皆さんは、心の栄養素でもある愛の働きかけをどこから受けているでしょうか? 御言葉を通して主が私達に語っている働きかけに、心を向けてみてはいかがでしょうか? 今年は、体の健康だけでなく、心の健康にも優しく気を配る1年にしていきましょう。...

倉智 崇司
1月5日読了時間: 1分


マタイの福音書6:22-23a:神に心を向けたインプット
「アウトプットは、インプットから!」と言いますが、イエス・キリストは、神の恵みや救い、神と隣人を愛する神の国に目を向けたインプットを教えています。

倉智 崇司
2025年12月22日読了時間: 1分

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